憩いの空間 嶺風の書斎 雲心庵

ギャラリー 第四回

かな書

万葉集より

【読み】
君待つと吾(あ)が恋ひ居(を)れば我が宿の簾動かし秋の風吹く

【意味】
あなたを待って恋い慕っていると、宿の簾を動かし秋の風が吹いてくる。はっと思い振り返り見たがどこにもお姿がなかった題詞に、天智天皇をお慕いして作った歌と記されている。

【解説】
今回は万葉集の女流歌人の第一人者 額田王を取り上げます。
万葉集には数百首に及ぶ女流歌人の歌が載っている、大伴坂上郎女という女性は恋をするたびに歌を詠み80首以上も取り上げられている。額田王は皇族の一人で、当時の朝廷の重要な儀礼の歌人として奉仕した。いずれも優れた作品を残し、女性の文化の高さを証明している。


随筆 ペン書

徒然草 「第二十段」 何という名の人であったか、ある世捨人が、「何一つとしてこの世に心ひかれるものを持っていないこの身に、ただ、空の風景だけが名残惜しい」と言った。実に共感させられることばである (三木紀人著 徒然草全訳注)

【解説】
古文でよく世捨人という人が登場する、まあ俗世界を捨てた隠遁者か出家した人という意味であろうが、この世捨人たる人は、やたらうんちくがあり、哲学的な言葉を残すのである。
「ただ、空の名残のみぞ惜しき」とは、この世の終わりに、空の風景が見られなくなるのがさびしいと。しかし、この難解な言葉に兼好は共感したという。
私には、まだまだその域に達していない。

今回より、このコーナーをペン書として新たにスタートします。


漢字書

【作品】
藝「げい」

【解説】
現在使用されている漢字は1949年告示された「当用漢字表」で提示され、新字体(新漢字)といい、それ以前に使用された字体を旧字体と呼んでいる。漢字の複雑な形を簡略し、印刷しても黒く読みづらくなるのを避ける意味で変更された。
「藝」は新字体では「芸」と書く。この蘭でよく、漢字は“意味を持つ文字“であると書いているが、簡略しすぎると本来の持つ意味がわからず、「ただ覚える記号」となる危険性がある。
「藝」は、種(う)える。つまり土に若木を植えるという意味の文字で、「勢」は木の勢いよく生育する意味である(白川静著「字統」より)旧字体に触れることにより、漢字の生まれた背景や面白さが再認識されるように思う。


色紙

【読み】
無着「むじゃく」 [禅語の茶掛 芳賀幸四郎著]

【意味】
着無しの「着」とは、執着のこと、金銭や地位・権力に執着しそれを失うまいとして正しい道を踏み外すことを戒める

【解説】
書道の題材の一つとして「禅語」を取り上げ作品とする。禅語とは禅宗独特の言葉で、言葉をそのまま解釈するのではなく、その言葉の持つ奥に潜む心を読むもの。そのため茶道の心と通じるとして、茶掛けには禅語を題材とした書が多く掛けられている。


条幅

【作品】
林間煖酒焼紅葉石上題詩掃緑苔

【読み】
林間に酒をあたため紅葉を焼き、石上に詩を題して緑苔を掃う

【解説】
秋の風流を求めて林の中にわけ入り、紅葉をかきあつめ、それを焚いて酒を暖め、また、石の上の緑の苔を掃い落して、そこに詩を書きつけます(川口久雄著「和漢朗詠集」)
日本人は“風流”を好む。この題材は白居易が旧友王十八を送る詩の一節で、特に「林間煖酒焼紅葉」は和漢朗詠集に取り上げられ、謡曲 紅葉狩やもろもろの文学に取り入れられている


篆刻

【作品】
馬嘶

【読み】
うまいななく

【解説】
ちょっとした遊び心で、馬の絵と篆書を組み合わせてみました
来年の干支が「午」なので、年賀状にでもと


第四回ギャラリーを書き終えて

現在、漢字を使っているのは、中国と日本の二か国のみである。かつて使用していた韓国やベトナムはハングル文字やローマ字に変わった。
本家中国も簡体字といって簡略文字に移行している。
日本では漢字書の解説欄で述べましたが新字体に移行、そのため體が体、渡邊さんは渡辺に、加賀百万石金澤は金沢に、戀は恋に多くに文字が変更され使われています。
戀は糸と糸がもつれてさばきかねる心を表し
澤は水と睪(えき)[間をおいて次々に連なる]をあわせた文字
昨今、漢字不要論を唱える先生が多くなりつつあるが、四千年前の先人が文字に取り組んだ情熱と知恵を学ぶべきだと思う。

平成25年8月31日