憩いの空間 嶺風の書斎 雲心庵

ギャラリー 第十二回

かな書

【読み】
秋の田の 穂の上に 霧(き)らふ朝霞(あさかすみ)
いつへの方に 我(あ)が恋やまむ

[万葉集 巻二・八十八 磐姫皇后]

【意味】
秋の田の 稲穂の上にかかっている 朝霧のように いつになったら わたしの恋は晴れるのだろうか

[小学館 日本の古典 萬葉集(一)より]

【解説】
題字に「磐姫皇后(いわのひめのおほきさき)天皇を思ひて作らす歌」とある。
天皇とは仁徳天皇のこと、磐姫は仁徳天皇の妻なのである。
日本最古の歴史書「古事記」には、嫉妬深い女性として書かれている。しかし、この歌を読む限り、夫の愛を待ち受けるけなげな妻を歌っている。
しかし、彼女が本当に詠んだのかどうかはわかっていない。
これがまた、万葉集の魅力の一つなのだ。


ペン書

【作品】
望月のくまなきを千里の外までながめたるよりも、暁ちかくなりて待ち出でたるが、いと心ぶかう、青みたるやうにて、ふかき山の杉の梢に見えたる、木の間の影、うちしぐれたるむら雲がくれのほど、またなくあわれなり。

[徒然草 百三十七段 その二]

【意味】
耿々と曇りなき八月十五夜の月が遠くまで明るく照らしているのを眺めるよりも、一晩中ずっと待っていた月が明け方近くにようやく昇ってきて、たいそう 心に沁み入るような、青みがかった色合いで、深山の高い杉の梢のところに見えるような時、また、木の間から漏れる月の光や、さっと雨を降らせる時雨雲に、月が隠れてしまう時など、曇りのない満月よりも、月のあわれ深さを感じる。

(島内裕子訳 徒然草より転記)

【解説】
この文章を読むと、一点の水墨画を観ているような感がある。現在語に訳すると多くの語句を必要とする描写を、短く・簡潔に表現している。「あわれなり」は、徒然草全体にわたり兼好が筆にするモチーフだ。この感覚は後の作家に大きな影響を与えたことはうなずける   


漢字書

【作品】
元素  [甲骨文字で書く]

【読み】
げんそ

【解説】
清国(現中華人民共和国)が衰退した理由の要因に“陰陽五行説”がある。
この宇宙すべてが、五行「木・火・土・金・水」、陰陽「月・日」から成るという考えである。日本はその清国に見切りをつけ、積極的に西洋の学問を吸収しようとした。
そこで大きな問題となったのは、今までにない言葉や概念を日本語でどう表現するかということであった。そのため日本人は、新しい「熟語」を多く考え出し、中国に逆輸出したのである。面白いことに中国の「共産党」の「共産」は日本製なのだ。
本「元素」もしかり。中学校で「元素記号」を覚えさせられ、四苦八苦した覚えがある方も、今では研究が進み、宇宙の神秘も徐々にベールを脱ぎつつある。


色紙

【作品】
夕焼け小焼けで日が暮れて山のお寺の鐘がなるお手手つないで皆帰ろ
からすと一緒に帰りましょう

[中村 雨紅 詞]

【意味】
唱歌「夕焼け小焼け」より

【解説】
日本の古い昭和の風景というと、この歌を思い出しました。唱歌といわれる詞には、どこか物悲しい哀愁があり、子供には理解しがたいところがあるが旋律がやさしいため、思わず口ずさみ体に染みついてしまった。大人になって始めて、歌詞の奥深さに気づく、しかし昔の大人は、よくこんな純真な詞を書けたものだと、自分の心の汚れに気づかされる。


条幅

【作品】
白髪三千丈縁愁似箇長不知明鏡裏何処得秋霜

【読み】
白髪三千丈 愁いによって箇の似(ごと)く長し。知らず 明鏡の裏(何)いずれの処にか秋霜を得たる

【意味】
伸びも伸びたり白髪がなんと三千丈。つもる愁いのためにかくも長くなったのだ。鏡にうつるわが顔、クソッ、いったいどこから秋の霜がおりてきたのだ。

(岩波文庫 中国名詩編 松原茂夫編)

【解説】
盛唐を代表する漢詩人の一人、李白の詩を書きます。
中国のおおげさな言い方を証して、この冒頭の「白髪三千丈」と、あまりにも有名な一句であり、李白は杜甫と並び日本で最も人気のある詩人である。
自分の老いは白髪が三千丈まで伸びるまで遠い先だと思っていたら。あっと言う間にやってきた。若い人には理解できないかもしれないが、六十を過ぎると感じる、老いる速さの不安なのだ。
草書体(くずし字)を使って、軽妙な感じが出せればと思い書きました。


篆刻

【作品】
壷中日月長

【読み】
こちゅうじつげつながし

【解説】
「壷中」とは別世界・仙郷を意味し、「日月長し」とは時間の単位が長いということで、禅者は、「悟りの世界には時間はない」と解釈し、この句を愛用しているということです。 

「参考:芳賀幸四郎著 新版一行物より」


第十二回ギャラリーを書き終えて

十一月に仲間と共に「書展」を開催することになり、早速準備作業を始めました。
作品はとにかく書くだけの話ですが、何十人もあつまると、ある程度どのくらい予算が必要かの概算が必要となります。おりしもオリンピックの会場「新国立」も当初計画とあまりにもかけ離れた予算が示され、大ブーイングの中白紙にもどりました。
我々にとっても、とにかく一円でも安く、しかも良い環境で開催したいという願いで苦慮しています。
観覧いただく人にとって、まったく関係のない話で恐縮なのだが、裏方は開催するまで気が抜けない。関心のある方ぜひ観に来てください。
皆様の応援が唯一の歓びとなります。

開催名:「溪風書道会北陸書展」
期 間:十一月十四日(土)~十五(日)
場 所:金沢市文化ホール ギャラリー [金沢市高岡町]
主 催:溪風書道会北陸協議会  代表 五色 嶺風

平成27年8月31日