憩いの空間 嶺風の書斎 雲心庵

ギャラリー 第二十一回

かな書

【作品】
桜花 とく散りぬとも おもほえず 人の心ぞ 風も吹きあへぬ

[紀貫之]

【意味】
桜の花がそんなに早く散るのだとも思いません。人情の変わりやす いのは花の散ること以上で、それこそ風の吹き抜ける暇も待たずに 心は変わってしまいます。

【解説】
人の心の移り気の早さを詠んだ和歌は多くある。当時の貴族の浮き沈みの激しさに起因しているのだろうか。それとも失恋による未練なのだろうか。貫之さんは歌のプロ、自分の経験でないことも見事に歌い上げる。


ペン書

古事記  [神の名はカタカナで表記する]

【作品】
ここに伊邪那岐命詔りたまひしく「然らば吾と汝とこの天の御柱を行き廻り逢ひて、みとのまぐはひ為む。」とのりたまひき。かく期りて、すなはち「汝は右より廻り逢へ、我は左より廻り逢はむ。」と詔りたまひ、約り竟へて廻る時、伊邪那美命、先に「あなにやし、えをとこを。」と言ひ、後に伊邪那岐命、「あなにやし、えをとめを。」と言ひ、各言ひ竟へし後、その妹に告げたまひしく、「女人先に言へるは良からず。」とつげたまひき。然れどもくみどに興して生める子は、水蛭子。この子は葦船に入れて流し去てき。次に淡島を生みき。こも亦、子の例には入れざりき。

【読み】
イザナキの命は、「それならば、私とあなたはこの天つ神の神霊の依り憑く聖なる柱の回りを巡って行き逢い、そこで性の交わりをしましょう」とおっしゃ った。このように約束を定めて、早速、イザナキの命は、「あなたは右から巡って私に逢いなさい。私は左から巡ってあなたに逢いましょう」とおっしゃって、約束し終って二神がみ柱を巡る時に、イザナミの命がまず、「ああ何とまよい男でいらっしゃいますこと」と言い、その後で、イザナキの命が、「何とまあかわいらしい娘さんでいらっしゃることよ」と言って、それぞれ讃嘆の言葉を言い終えたが、その後でイザナキの命は、その妻であるイザナミの命に、「女であるあなたが男である私に先だって讃嘆の言葉を発したのは不吉です」とお告げになった。しかしながら、二神は、讃嘆の言葉を言い直すこともないままに、奥まった寝所で夫婦の交わりを始めて、生んだ子は、手足はあるが骨無しのヒルコである。このヒルコは、出来そこないであるとして、葦の葉で織り上げた葦船に入れて流し捨てた。次に淡島を生んだ。この淡島もまた、出来そこないであるとして、子の仲間として数えなかった。

[勉誠出版 古事記 緒方惟章訳を参照]

【解説】
女性が最初に言葉を発したため、出来そこないの子(島)が出来たと、わざわざ歴史書として残したところに、天皇の男系継承をにおわせる感が否めない。これだけおおらかに性を語っていながら何故と、書かれた時代の謎があるのだろうか。


漢字書

三體千字文

【作品】
閏餘成歳(じゅんよ せいさい)

【意味】
閏月(うるうづき)によって一年の完成させ

【解説】
成と歳の草書のくずしが似ている。ぜひ参考にしてください。


色紙

【作品】
可哀想だた惚れたって事よ(漱石)

【意味】
Pity‘s akin to lave の翻訳[憐れみは恋の始まり]

【解説】
夏目漱石の「三四郎」のなかに「同情から愛」と訳したら、なんと無粋なといって、この言葉が出てきたと。ウル覚えで正確ではないが、この語句だけがはっきりと覚えている。何気なく出てきた言葉って、核心を突くことってありますよね。


条幅

【作品】
不折山人老畫師 眼無古今况華夷 汝南月旦何須用 手運天機筆筆奇

森鴎外

【読み】
不折山人は老画師 眼に古今無し况んや華夷(かい) 汝南の月旦何ぞ用うるを須たん 手は天機を運らして筆々奇なり

【意味】
不折画伯の眼中には古今もなく、華夷(中国や西洋)もない。月並みの批評など無用のこと。自ら造化の妙を発揮して一筆一筆すばらしいものだ。

【解説】
中村不折は洋画家であり書家である。東京の根岸にある書道博物館は彼が創設した立派な館。私も何度も訪れたが、その収蔵されている作品の多さに本当に収集家としての情熱と執念を感じています。その不折を森鴎外が漢詩にした。書道されている方は一度拝観をお勧めします。が、まわりはピンクピンクのホテルが多く、女性の方は団体で行かれることをお勧めします。


篆刻

【作品】
静心(しずこころ)

【意味】
静かな心

【解説】
私の作品でなく愛用品を掲載しました。
“ひさかたの 光のどけき 春の日に静心(しづごころ)なく 花の散るらむ“
桜の散るのを静心なく、落ち着かなくといって表現している。春はなにか心がざわめくことが多い。とくに今年のような豪雪を経験すると、春が待ち遠しい。
いくつになっても静心の精神に縁遠い。


第二十一回ギャラリーを書き終えて

久しぶりの更新となりました。とにかく毎日が雑用に追われ、なかなか時間がとれません。古希を迎えて贅沢な悩みと成りましたが、生涯現役書家は続けていきます。

平成30年3月14日