憩いの空間 嶺風の書斎 雲心庵

ギャラリー 第十五回

かな書

【読み】
東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ

[万葉集 巻一・四十八]

【意味】
東の野にかげろうの立つのが見えて振り返って見ると月は西に傾いている

[軽皇子、安騎の野に宿る時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌]
[小学館 日本の古典 第二巻 萬葉集 [一]]

【解説】
軽皇子とは後の文武天皇。東はまさに天皇になろうとする軽皇子、西は若くして亡くなった草壁皇子を表しているといわれている。仰ぎ見る空・天の風景を描写しながら、その奥にひそむ作者の思いを研ぎ澄まされた言葉で歌ったこの和歌に、人麻呂の卓越した技量を感じる。当時として、あまりにも突出した歌人ゆえの孤独感も同時に感じるのもそのためだろうか。期待されながらも若くしてこの世を去った皇子と、幼いながら天皇となる皇子の不安を三十一文字で表した。この歌でまず感じるのは構成力のすごさ、東は太陽かえす刀で西の月、このモチーフは、他の万葉歌人にない彼独自の宇宙観から生まれたものだろう。


ペン書

【作品】
世(よ)に稀(まれ)なる物、唐(から)めきたる名の聞きにくく、花も見馴れぬなど、いとなつかしからず。大方(おほかた)、何も珍しくありがたき物は、よからぬ人のもて興ずる物なり。さやうのもの、なくてありなん。

[徒然草 百三十九段その2]

【意味】
世間に滅多にない植物や、中国風の名前は聞き苦しく、花自体も見馴れぬものなど、全く心が惹かれない。いったに、何であれ、珍しく滅多にないものは、無教養な人が面白がるものである。そのようなものは、ないほうがよい。

(島内裕子訳 徒然草より転記)

【解説】
書き出しはまず感じるままに書いている(第十四回)。しかし感想文で終らないのが兼好。彼は時々、嫌いな物また嫌いな者に、痛烈な批判をする。「NOと言えない日本人」という本があったが、兼好は、はっきりと「NO」と言える日本人なのだ


漢字書

【作品】

【読み】
(訓)いきる。いかす。いける。うまれる。うむ。おう。はえる。はやす。き。なま

[大修館 新漢和辞典より(昭和五十五年四月一日発行より]

【解説】
中国から伝わった漢字の発音を仮名によって示したのを「音」といいます。
「訓」とは、生を、いきる、うむ、と読むように、漢字の意味を日本語読みするこれを「訓読み」という。今回の漢字[生]は一番「訓読み」が多い漢字。
それだけに日本人にとって特別な思い入れのある文字と見る。


色紙

【作品】
荷心香

【読み】
かしんかんばし

【意味】
蓮の花が香気を放っている

【解説】
蓮は泥沼のなかでも特別きれいな花を咲かす。そのため「いかなる時でも自分らしさを失ってはいけない」という意味に使われる。
色紙の題材を考えるとき、なかなか「そのTPOにふさわしい」言葉が見つからないことがある。本課題は後輩に贈る言葉としていかがでしょうか


条幅

【作品】
李白一斗詩百篇長安市上酒家眠天子呼来不上船自稱臣是酒中仙

[杜甫]

【読み】
李白は一斗、詩百篇 長安市上 酒家に眠る 天子 呼び来たれども船に上らず 自ら称す「臣は是れ酒中の仙(しゅちゅうのせん)」

(岩波文庫 中国名詩編 松原茂夫編)

【意味】
李白は一斗飲む間に詩を百篇も作る。いつも長安市中の酒場で眠ってしまう。天子のお召しがあっても、船に乗れず、「臣は酒中の仙でござる」と言上した。

【解説】
この詩を書いたのが杜甫。杜甫と李白は同じ唐という時代に生きた、代表的な詩人なのだ。これは「飲中八仙歌」といって八人の酒飲み(酒仙)を歌ったその中の一人に、李白が取り上げられている。親しい友を半分呆れ返って歌っているこの詩に、杜甫自身の人柄が垣間見えるようで微笑ましい


篆刻

【作品】
千古不磨

【読み】
せんこふま

【解説】
伝統や作品が途絶えることなく、伝わり続けること
「千」や「万」という文字は、長くや永遠という意味で使われる。
色紙の遊印として使ってみたいと刻しました


第十五回ギャラリーを書き終えて

少し早いのですが、次回九月の更新で四年目が終了し、十一月の更新で五年目を迎えることになります。そこでマンネリ化にならないよう、自身のモチベーションを上げるため少し内容を見直そうと考えています。
とはいっても今さら新しいことは出来ません。そこで題材の範囲の拡大を目指し、自分の意識を広げられたらと思っています。
これから暑い夏になりますが、いろいろ模索し、次回にお知らせできればと計画を立てていきます。

平成28年5月30日